【ぼくたちの子育て】やりたいことができるように たくさんの選択肢を作っておいてあげたい。|俳優、脚本、演出家中村卓二さん

Go!Go!ワンク編集部

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2021年7月19日 (月)

舞台、映像、CMなど様々な作品で役者や脚本演出をこなす中村卓二さん。妻はラジオパーソナリティやナレーターとして活躍中の小柳有紀さん。今年7歳になる娘のたまこちゃんと3人暮らし。家庭では8割の家事をこなすという頼もしい子育てパパ中村さんのこれまでのエピソードを伺ってみました。

■Profile
中村卓二(なかむらたくじ)さん
リトルモンスターエンターテイメント株式会社 取締役
俳優、脚本、演出家
1974年生まれ。福岡県福岡市出身。
高校在学中から演劇活動を始め、1994年にP.T.STAGE DOORを設立し出演・脚本・演出を手掛ける。1997年から劇団ギンギラ太陽'sに参加、以降全ての公演に出演しメインのキャストとして活動する。ギンギラ太陽'sを退団後、九州の劇団舞台作品への客演のほか、映像では矢口史靖監督「ロボジー」、テレビ西日本ドラマ「めんたいぴりり」、NHK地域ドラマ「オヤジバトル」、モンブランピクチャーズ制作「放課後ミッドナイターズ」キュン様のモーションキャプチャーなど多数出演。LOVE FM「ゲネプロ」のレギュラー担当。ライフワークとしてキャラクター「絵本くん」に扮し、子どもたちへの絵本の読み聞かせライブも行なっている。

仕事に取り組む姿勢に尊敬

──おふたりの出会いを教えていただけますか?

もともと彼女も劇団に所属して役者もやっていたから存在は知っていたんです。彼女は歳は下ですが10代の頃から活躍していてキャリアからいうと先輩という感じで、すごいなっと思ってたんです。

ある日、ナレーションの仕事が一緒になることがあって、その時にクライアントさんがあいさつに来られて名刺をいただいたんです。名刺をもらっても正直どうしていいのかわからなくて、帰りがけに何げなく彼女に「名刺をいただいても、こまっちゃいますよね?」と言ったら彼女は「私はいただいた方に必ずお礼状を書くようにしてますよ」って言ったんです。その言葉に、うわ!すごいなこの人は、って思いました。こうした誠実の積み重ねが彼女のキャリアをつくってきているんだなって、仕事に取り組む姿勢を知って尊敬できる人だってインプットされたのが20年ほど前です。

誰かに相談したいと思った時、一番に浮かんだのが彼女のこと

──20年前の出会いから結婚まではどういう展開だったのですか?

きっかけは、9年ほど前ですが僕がずっと所属していたギンギラ太陽'sという劇団を辞めてこれからどうしようかと考えて、仕事のことで誰かに相談したいなって思った時、一番最初に浮かんだのが尊敬もしていた彼女でして即連絡をしました。後から思うと心のどこかにずっと彼女がいたんですね。

それまでは劇団の中で仲間と一緒にいる安心感があって、そこを抜けて一人になることへの不安などが湧いてきて、ほんとにやっていけるかなって思ってたんですが、「大丈夫、中村さんなら何でもできるよ」っていう彼女のことばに勇気付けられました。才能を信じてくれる人がここにいるなって感じることができました。

役者中心の生活の中で結婚できるとは

──中村さんの人生に必要なパートナーになられたようですね。

一人だと仕事で呼ばれても身軽にいろんなところに行けるし、自由な一人暮らしが好きだったので、だれかと暮らすということや、正直人並みの幸せというか結婚ができるとは思ってなかったです。

でも彼女とは不思議と一緒にやっていけると感じたんです。入籍前に一緒に住んだんですが、テレビとかラジオとかメディアに出ている彼女は華やかで、どんな暮らしをしているんだろうって思っていたんですが生活してみると、地に足をつけて生活している人なんだなって感じました。

彼女なりにいろいろと苦労してきたところも知ることがあり、彼女だと、例えば貧乏生活でも楽しくやっていけるだろうし、苦労も苦労と思わず一生一緒に行けるって思ったんですよねぇ。

たまこちゃんの誕生

──そして2013年7月に入籍。 その年の10月に長女たまこちゃんが誕生されたんですね。

妊娠中は食欲がないなどはありましたが比較的順調で、彼女はラジオの仕事も出産1か月前までやっていたんです。最後の検診で血圧が高いことから緊急入院と言われたんですが元気そうだったので「一回戻って用意してきます」と看護師さんに言うと、「そんな場合じゃないです」と言われてそのまま出産予定3日前に入院しました。

病院でその年一番の難産

父親用控室があるんですが「そこにいてください」と言われただけで、テレビをつけていいものか、簡易ベッドでゴロっとしていいものか、落ち着かないまま部屋にいたんです。

そうしたら夜中1時くらいに急に先生たちが慌ただしくなって、このままでは母体に負担がかかるので産ませます、ということで僕も慌てて用意していたカメラを持って分娩室に入りました。

自力での出産は無理なので、看護師さんがお腹の上から押し出すようにして、バキュームみたいなもので吸い出す。自然分娩だったんですが結果全身麻酔が必要になり、麻酔の許可は夫とかではだめで本人のサインなんですね、もうろうとしている彼女が必至でサインしているところもビデオで収めながら、やっと生まれてくれたんです。 

もう、とにかくホッとした~、うれしいとか、なりよりも、ホッとしました。分娩室には前の日のお昼から入っていて、病院ではその年一番の難産だったそうです。そこで初めてたまこを抱くことができましたが、なんか不思議、ほんと不思議な感覚でした。

仕事と子育ての両立 家事は8割

――家事育児はいかがでしたか?

僕は一人暮らしが長かったので家事はしっかりやっています。彼女は出産で大変だったから家に戻ってもできるだけ僕がやりました。今は8割は僕が家事をしているかな。 たまこが生まれる前には勉強会にも行きました。助産師さんの勉強会に参加して抱っこのつけ方やお風呂の入れ方、おむつ替えなどを習いました。

抱っこ紐を生まれる半年前くらいに買ったんですが、つけ方とかも分からなくて練習してました。でもいざ実践となると赤ちゃんって、とてもやわらかいし、壊れそうではじめはとても怖かったです。

――役者というお仕事と子育ての両立に不安もあったと聞きましたが?

いつか子どもはほしいなと思っていたんですが、そもそも家庭を支えることって大丈夫だろうかという思いはありました。役者は一生続けて行く仕事なんですが、収入が安定しているものでもないという不安もあったんです。でも、授かったとわかったとたん、不安とか自信がないとかいう気持ちはすっかりなくなって根性が決まりました。笑)

子どもができた時、以前所属していた兄貴分的な芸能事務所の社長から「子どもは自分の食べる分くらいの匙(スプーン)を握りしめてくるから心配しなくていいよっ」て励まされたり、映像関係など周りの人は、父親になったんだからって仕事を作ってくださったり、周りの人たちの温かさを感じて、子どもができることでステージが変わったような気がしました。

――そして7年 たまこちゃんは小学校2年生なのですね?

この7年ものすごく早かったです。昨年(2020年)3月が卒園だったんです。コロナの影響で小学校の入学が5月になって2か月間自宅待機だったんですが、それがなかなかいい時間でした。

僕も舞台、イベントが自粛になって日々たまこと二人で過ごしたんですが、中村家時間割というのを二人で作りました。この時間は「理科の時間」と言って公園に花を見に行ったり、「体育の時間」は縄跳びをしたりして。コロナで運動会も授業参観もなくなって、小学生のたまこの姿をなかなか見れなかったのであの2か月間は今までにない密な時間を過ごすことができてとてもよかったです。

絵本の読み聞かせでワクワクが入る心の部屋をたくさん作ってほしくて

――寝る前に絵本の読み聞かせをされているそうですね?

妻も絵本を集めるのが趣味で家の中には結構な量の絵本があるんです。生まれた時から、わからないなりにもずっと読み聞かせを続けています。

たとえば絵本の中に出てくるサンタクロースって子どものころ信じていたけど、いずれ大きくなったらそれがパパやママだと知ることになりますよね。

でもその時に信じてワクワクした素敵な記憶の部屋が心にできて、いずれそのサンタクロースは心の部屋からいなくなるけど、その部屋が残っていれば他のワクワクが入ってこれる。そんなワクワクが入る心の部屋をたくさん作ってくれたらいいなって思ってます。

絵本ってそんな心の豊かさを作る役割をするんじゃないかって思うんです。

子どもたちのために生まれたキャラクター「絵本くん」

――キャラクター「絵本くん」として絵本の読み聞かせライブを行なっているそうですね。

子育てをしていて子どもたちにも舞台を楽しんでもらいたいって思ったんですね。でも実際1、2歳の子どもに舞台を見せることはできなくてとても残念に思った時に、絵本の読み聞かせならいいかもって思ったんです。そして、より興味を引くように「絵本くん」というキャラクターを2016年に作り、「絵本くん」が読み聞かせをしています。小さい子も楽しんでくれるので今では絵本の読み聞かせはライフワークですね。

子どもの直球を受け止められるように

―パパになって変化したことはありますか?

パパ役が増えました~。ほんとにパパ役ばかり。そんなにパパに見えるんだろうなと思ったり。(笑)

そして以前は子どもが苦手だったんですね。子どもって残酷じゃないですか。オブラートに包むことなんかなしで、直球でことばもぶつけてくる。俳優として直球を投げられたりすると怖かったんです。

でもたまこが生まれてからは、子どもってむっちゃくちゃかわいいなって思って、僕がこんなにかわいいと思っているということはよそのお父さん、お母さんもものすごくかわいいんだろうなって。

こんなに愛されているから純粋に、ストレートにぶつかってくるんだって思えるようになって、怖さはなくなって、素直に直球を受け止めてキャッチボールをすればいいんだなって変わりました。今ではいろんな現場でもすぐ子どもたちと仲良くなるんですよ。

選択肢はたくさん作っていてあげよう

――たまこちゃんにはこれからどんなふうに育ってほしいと思いますか?

元気に健康に育って欲しいです。そして僕たちはたまこに選択肢はたくさん作っていてあげようと話しています。何か彼女がしたいことがあったらやれるようにしてあげていたいって。

今は踊りが好きなのでチアダンスのレッスンに行ってます。もう5年は続いてますね。テニスがやってみたいと言ったのでテニススクールと僕たちが主催しているプチバレエに通ってます。そしてたまこが海外に行きたいと思った時に語学ができずに諦めたら残念だと思って、友だち3人と英語の先生のところに行っています。考えてみると案外習い事させてますね。(笑)

今は学校行事がないんですよね、プールもないし。体を動かす場や習い事が今は彼女の心のよりどころにもなるんじゃないかなと思っています。

あずけるところがなくてしょうがなく仕事場に連れていくこともあったんですが、それも結果よかったです。実はたまこもCMのナレーションをしているんですよ。やってみて好きならば続けたらいいし、学校以外に世界があるということを知ることで、今は一つでも選択肢が広がればいいと思います。

――これからパパになる人や今子育て中のパパたちにメッセージやアドバイスをお願いします。

気軽にやればいいなって思うんですよね。家事なんかは得意な方がやればいいと思うし。不安はあるかと思いますが、どうにかなりますよ。生まれてきたら ただ、ただ、かわいいから。うちも1、2歳の時は泣きもするし今思えば大変だったかなって思いますけど・・・。 ネットを開けばマイナスな情報もいろいろ出てきますが 世間は思ったより温かいなって思います。ご心配なく。

まとめ 

爽やかな笑顔が印象的な中村さん。ご自宅とのリモートインタビューでしたが背景の壁にはカラフルな折り紙のようなものが貼ってありたまこちゃんとの楽しそうな生活が垣間見えました。有紀さんへの尊敬から続く思いやたまこちゃんへの溢れる愛情を感じながらの取材でした。たまこちゃんが中学生くらいになったら夫婦で運営しているプロダクション「リトルモンスターエンターテイメント」で育てる人たちを増やし事業拡大も視野に入れているとのこと。今後の二人三脚、いえ、たまこちゃんとの三人四脚?の活躍も期待です。

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