会社員が1年間に医療費で一定額以上支払った場合には、医療費控除が受けられます。医療費控除では確定申告が必要で、対象費用や手続き方法は難しく感じやすいものです。この記事では、医療費控除の対象費用や会社員が確定申告する手続き方法について解説します。
医療費控除の基礎知識
手続きを進める前に、控除の種類や還付などについて理解していると混乱しにくいです。まずは、医療費控除の基礎知識について解説します。
医療費控除とは
課税の対象となる所得から医療費を差し引いて所得を再計算し、支払いすぎた所得税が戻ってくる制度です。1年間に会社員が本人または扶養家族のために負担した医療費が一定額を超えた場合、医療費控除が受けられます。会社員が医療費控除を受けるためには、確定申告が必須です。会社員は毎月の給与から所得税が天引きされているため、再計算して申告する必要があります。
また、医療費控除は所得控除のため、控除額がそのまま返ってくるという意味ではない点に注意しましょう。課税の対象となる所得から差し引かれるのが所得控除で、控除額が税額から直接差し引かれるのは税額控除です。税額控除の対象となるのは、住宅ローン控除などになります。控除という言葉は同じでも計算方法が異なるのです。
医療費控除できる金額
医療費控除できる金額は年収によって異なります。年収が200万円を超える場合、1年間の医療費から10万円を差し引いた金額です。年収が200万円以下の場合は、医療費から年収の5%を差し引いた金額となります。医療費控除できる金額の上限は200万円です。
ただし、1年間でかかった医療費のうち、保険などで支給された金額は含まれません。医療費の合計額から保険などで支給された金額を差し引いた分が、医療費控除できる金額です。保険などで支給される金額とは、高額療養費制度による払い戻し、保険会社から支払われる保険金などが該当します。
医療費控除できる金額の計算式
医療費控除できる金額の計算式は、以下のとおりです。
年収 | 医療費控除できる金額 |
200万円超 | (1年間の医療費-保険などで支給された金額)-10万円 |
200万円以下 | (1年間の医療費-保険などで支給された金額)-年収の5% |
計算結果が10万円以下(あるいは、年収の5%以下)となると、医療費控除は受けられません。1年間の医療費の合計は年末まで未確定ですが、10万円を超える見込みがあれば手続きの準備をしておきましょう。
年末にまとめて整理しようとすると、処理が大変だったり領収書が見つからずに手続きできなかったりして大変です。出産や歯科治療などで医療費がかかると想定できる年は、おおよその合計額を事前に確認しておきましょう。
医療費控除で還付される金額
医療費控除できる金額に、その年の所得税率をかけて還付額が計算されます。所得税が発生しない年収だった場合、対象となる費用があっても還付はないため注意が必要です。
医療費控除で住民税が減額される場合
所得税が発生しない年収だったとしても、医療費控除で住民税の減額になる場合があります。所得税と住民税は別々で計算されるため、課税の対象となる所得の金額が異なるのです。医療費控除を受けて住民税を減額したい場合にも、確定申告が必要となります。
住民税の税率は地域によって多少の差はありますが、おおよそ10%です。減額される住民税は、医療費控除できる金額に住民税率をかけて計算します。住民税の場合は還付ではなく、翌年の税額から差し引かれる仕組みです。
医療費控除の計算方法
会社員の医療費控除と還付の金額の計算は、次のようになります。
医療費控除できる金額=(1年間の医療費ー保険などで支給された金額)ー10万円(あるいは年収の5%)
還付される金額=医療費控除できる金額×その年の所得税率(%)
例えば、会社員が医療費控除を受けて還付されるまでを計算すると次のようになります。
会社員の年収 | 200万円以上 |
1年間の医療費 | 30万円 |
保険などで支給された金額 | 5万円 |
その年の所得税率 | 10% |
医療費控除できる金額 | (30万円-5万円)-10万円=15万円 |
還付される金額 | 15万円×10%=1万5000円 |
1年間の医療費が一定額を超えると還付されるため、会社員が確定申告をするとお得になるのです。例のように自身の年収や医療費、所得税率などを当てはめて試算してみてください。
医療費控除の対象費用と非対象費用
会社員の負担した医療費が対象となる費用かどうか、知っておくことが大切です。ここからは、医療費控除の対象費用と非対象費用について解説します。
医療費控除の対象費用
医療費といっても診察や治療、医薬品の購入などさまざまな種類があるため、各項目について理解しておくことが大切です。
医療行為
医療行為とは傷病の診断や治療、予防のための医学に基づく行為です。医療行為は内科や外科、歯科などの免許を持った医師のみが認められます。医療費控除の対象となるのは、このような医療行為によって発生した費用です。また、医療を受けるために必要な備品や交通費なども対象となります。
診療・治療・療養
診療や治療、入院などにおいて、対象となる費用をまとめると次のようになります。
医師・歯科医師による診療や治療にかかる費用
治療・療養に必要な医薬品にかかる費用
きゅう師、はり師、柔道整復師、あん摩マッサージ指圧師による施術の費用
入院の部屋代や食事代で負担する費用
傷病でおよそ6ヶ月以上寝たきりになる場合のおむつ代(医師発行の「おむつ使用証明書」が必要)
保健師や看護師などに療養上の世話をしてもらうことでかかる費用
妊娠と診断されてから行う定期健診や検査の費用
助産師による分べんの介助費用
コルセットや松葉杖などの医療用器具の購入代やレンタル料で負担する費用
健康診断や人間ドックの費用(結果として重大な疾病が発見され、治療を行った場合のみ)
斜視や白内障、緑内障など、治療のために必要な眼鏡にかかる費用
視力回復レーザー手術(レーシック手術)の費用
年齢や目的から、歯列矯正が必要と認められた場合の費用
海外で外国の医師にかかったときの治療代(支払いが外国通貨であった場合は円換算する)
出典:国税庁「医療費控除の対象となる医療費」
交通費
交通費において、対象となる費用をまとめると次のようになります。
医師などの治療を受けるために公共交通機関を利用した場合の通院費
病状から判断して緊急な場合や、公共交通機関が利用できない場合のタクシー代(高速道路料金も対象)
治療できる医療機関が遠方にしかない場合の新幹線代
年齢や症状により1人での通院が困難な場合の患者と付添人の交通費
出典:国税庁「医療費控除の対象となる医療費」
公共交通機関を利用する場合の領収書は不要ですが、発着駅や運賃、日付などは別途記録しておきましょう。医療費に関する帳簿を作成したり、家計簿に記載したりして記録すると整理が簡単です。付添人がいる場合は、交通費と人数についても記載漏れがないように注意しましょう。ただし、タクシーを利用する場合は領収書が必要となります。
医療費控除の非対象費用
非対象費用について確認しておくことが大切です。間違えて非対象費用を差し引いて計算していると、確定申告で不備を指摘されるため注意しましょう。
診療や治療などの支払い費用ではない、医師や看護師へ渡す謝礼金
入院で本人や家族の都合による個室などの差額ベッド代として負担する費用
入院中の身の回り品(寝巻や洗面用具など)を購入した費用
入院中に病院から提供される食事以外で、自身で出前を取ったり外食したりした費用
健康診断、人間ドックの費用(重大な疾病が発見されず、治療を行わない場合)
視力回復の治療費ではない、近視や遠視などのために購入する眼鏡の費用
疾病の予防や健康増進に用いられるビタミン剤などの医薬品にかかる費用
公共交通機関の利用が可能な場合のタクシー代
出産で里帰りするための交通費
自家用車による通院でかかるガソリン代や駐車料金
親族に療養上の世話をしてもらう場合の謝礼
出典:国税庁「医療費控除の対象となる医療費」
セルフメディケーション税制
セルフメディケーション税制とは、特定医薬品などの購入費が医療費控除の対象となる特例で、会社員でも利用できる制度です。健康の保持や増進、疾病予防などの取り組みとして、健康診査や予防接種を行っている会社員が対象となります。
適用されるのは、2026年12月31日までの期間での購入費です。世帯での年間購入額が1万2000円以上の場合に利用可能で、予防接種や健康診断の領収書、結果通知書の保存が必要となります。また、スイッチOTC医薬品を購入したレシートの保存が必要な点に注意しましょう。
セルフメディケーション税制の対象医薬品
対象医薬品はスイッチOTC医薬品です。スイッチOTC医薬品には解熱鎮痛剤や消炎剤、生理痛薬、胃腸薬、アレルギー用薬などさまざまな種類があります。
OTC医薬品とは、医師の処方がなくても購入できる医薬品のことです。医療機関で用いられていた医薬品の成分がOTC医薬品としてスイッチ(転換)されたのが、スイッチOTC医薬品となります。医療機関で用いられるのと同じ成分のものが、処方せん不要で一般的な薬局で購入できて便利です。スイッチOTC医薬品の品目は厚生労働省のホームページで確認できます。
セルフメディケーション税制で注意すること
セルフメディケーション税制を受けるためには、通常の医療費控除は受けられません。どちらか一方のみとなるため、控除できる金額が大きくなるほうを選ぶのがお得です。
スイッチOTC医薬品を購入して、1万2000円を超えた金額が医療費控除となります。ただし、上限が8万8000円となる点に注意が必要です。
会社員が確定申告する手続き方法と注意点
会社員は一般的に確定申告が不要なため、初めて手続きするときは分からないことが多いものです。そこでここからは、会社員が確定申告する手続き方法と注意点について解説します。
会社員の確定申告のやり方
会社員が確定申告するやり方をまとめると、次のような流れになります。
対象費用を医療通知書や領収書で確認する
医療費控除できる金額を計算して制度が適用されるか確認する
医療費控除の明細書と確定申告書を作成して税務署に提出する
還付金が指定した銀行口座に振り込まれるのを確認する
確定申告に必要な書類
会社員が確定申告をする際に必要な書類と、記入内容について解説します。
医療費控除の明細書
医療費控除の明細書は、税務署か国税庁のホームページからダウンロードします。医療を受けた人の氏名や病院・薬局の名称、医療費の区分、支払った医療費、保険などで支給された金額を各欄に記入しましょう。領収書やメモなどは提出不要ですが、確定申告から5年間は保存が必要です。
確定申告書
確定申告書とは「令和〇年分の所得税及び復興特別所得税の申告書」という書類です。確定申告書は国税庁のホームページからダウンロードできます。
2021年(令和3年)分の確定申告までは、会社員は確定申告書A、事業所得や不動産所得などでは確定申告書Bでした。2022年(令和4年)分の申告からはこれらが統合されて、同じ書類になります。確定申告書に記入する所得や扶養控除などの金額は、源泉徴収票に記載のものを転記すると簡単です。確定申告書AやBという書類は以前の様式となるため、最新のものを用いるように注意しましょう。
医療通知書
医療通知書とは健康保険組合から送付される書類で、療養を受けた日付や負担した医療費の金額などが記載されています。会社員が所属する健康保険組合によって名称は異なる場合があるため、自身の該当する書類を確認しておきましょう。
本人確認書類
マイナンバーカード、マイナンバー通知カード、住民票の写し、または住民票記載事項証明書のいずれか1つが必要です。また、マイナンバーの所有者が本人であることを確認するための、以下のような書類が必要となります。
運転免許証
公的医療保険の被保険者証
パスポート
身体障害者手帳
在留カード
税務署から送付される「確定申告のお知らせ」はがき
セルフメディケーション税制を受ける手続きのやり方
会社員がセルフメディケーション税制を受ける手続きは、確定申告の流れと同じやり方です。異なる点は、医療費控除の明細書の代わりにセルフメディケーション税制の明細書を作成することになります。
会社員が手続きで注意すること
サラリーマンが毎年行う年末調整と確定申告は、別の手続きであることに注意しましょう。確定申告は自身で計算して書類を準備するため、間違いや不備がないよう念入りに確認することが大切です。医療費控除は、医療費が発生した年から5年以内であれば適用されます。サラリーマンでも過去に該当する医療費があった場合は、確定申告で所得税が還付されてお得です。見逃している費用がないか確認してみましょう。
まとめ
医療費控除は会社員でも受けられる制度のため、該当する場合は確定申告すると還付されます。サラリーマンにとって確定申告は不慣れで難しく感じやすいですが、手順を確認すれば1人でもできる手続きです。医療費控除の対象費用や手続き方法の参考にしてみてください。
岩崎 祐二
FP技能士2級、AFP(日本FP協会)
ライフとキャリアを総合した視点で、人生設計をマンツーマンでサポート。日々の家計管理から、数十年先に向けた資産設計まで実行支援しています。