インタビュー

発信や交流を通して "孤育てをなくす"に取り組む「お母さん大学」

結婚、子育て応援の情報を発信しているGO!GO!ワンク編集部へ、久留米市に「お母さん大学」というものがあるとの情報をいただき、さっそく取材に行ってきました。

訪れたのは西鉄久留米駅から徒歩15分。大通り沿いから少し入った住宅地のアパート「松葉荘」。ここは築40年経つアパートをオーナー井上美恵子さんが自らリノベーションして再生したというもの。ここの2階に「お母さん大学福岡(ちっご)支局」があります。お母さん大学のこと、その活動やこのアパートへの入居のきっかけなどについて、福岡支局代表の池田彩さんに伺いました。

池田彩さんプルフィール:
1977年生まれ、熊本県出身、久留米市在住。2008年お母さん大学に入学し、2015年お母さん大学久留米支局編集長、2022年福岡支局代表に就任。長女中学3年、長男小6、次女小2の母。 

お母さん記者(MJ=マザージャーナリスト)として発信

――「お母さん大学」とはとても気になるネーミングなのですが、どのような大学か教えていただけますか?

「お母さん大学」は ウェブ上で全国に展開している、お母さんたちの学び舎です。全国のお母さんがWebサイトや新聞、プロジェクトをツールとして、発信・交流・活動することで学びあい、"孤育て"をなくして、お母さんの笑顔をつなげていくことを目的としています。

――具体的にはどのような活動をされているのですか?

入学すると積極的にMJ(マザージャーナリスト)として発信することと、宿題をお願いしています。主にお母さん大学のサイト内の「母ゴコロ」というページに子育てで感じたことを書いてもらいます。

宿題は毎月1、2本出すテーマに沿ってレポートを出してもらうんです。「うちの夫(お父さん)は世界一」「お母さんのSDG'S」「わが家の防災」などをテーマに、優秀なもの、共感できるものを選考して毎月1回紙で発行する「お母さん業界新聞」に掲載。発信について学ぶ「MJプロ養成講座」もあり、入学すると、記事を書くだけではなく、お母さん大学が主催するさまざまなプロジェクトにも可能な範囲で参加してもらいます。

共感できる仲間がいる喜び

――「弧育てをなくす、お母さんたちの笑顔をつなげていく」を目的とされていますが具体的には?

「母ゴコロ」では、全国各地の年齢や環境などが違うごく普通のお母さんたちが日々子育てをしながら、半径3メートルの子育ての話しを発信しているんです。

ペンを持つことで、冷静に子どものことを観察するようになって、周りの環境がよく見えてきたり、他のお母さんの記事を読むことで自分にはないものを発見できたり、勉強になったり共感できたりとか、子育てへの視点が変わってきたりするんですね。お母さん自身の言葉、本音を大切にして、きれいにおしゃれなところだけを切り取るようなことはせずに掲載しています。

「母ゴコロ」がお母さんたちの交流の場となって刺激を与えあいながら、「お互い子育て頑張ろうね!」っと元気をもらうコミュニティにもなっています。

――発信する場がある、記事を見てくれる人がいる、同じ子育てをしている仲間の反響があるのが大きな励みになるんですね。

仲間がいるというのは大きいですね。自分だけだと見逃しちゃいそうなところをここ大切だよねって言ってくれたり、認めたり、褒めたり、子ども自慢を聞いてくれたり、泣きたいことも成長として喜び合う仲間がここにはいると感じられるのだと思うんです。

弧育ての実体験

――池田さんがお母さん大学に出会ったきっかけを聞かせていただけますか?

14年ほど前、長女が生まれて半年くらいで久留米市に引っ越して来ました。以前から夫が地元の久留米に帰ると言っていたので。ほんとに軽い気持ちで帰って来たんですが、子育てが始まったばかりで、地域のことがわからないし、友だちもいないし、夫も帰りが遅かったので、大人と話すのはスーパーのレジのおばちゃんくらい。アパートと小さな公園とスーパーをぐるぐる回るような毎日で、ほんとに「孤育て」を経験して、お母さんから早く逃げ出したかったんです。子どもはかわいいけど、「このまんまじゃだめだ」「逃げ出したい!」とばかり思っていましたね。

――まさにひとりで子育てをしている「弧育て」の体験をしていたのですね。

そんな時にたまたまお母さん大学の藤本裕子学長の新聞コラムが目にとまったんです。そこには「お母さんってスゴイんだよ」ってことがひたすら書かれていました。たとえば日本の未来を作っているのは政治家や社長さんだけでなくお母さんなんだと書いてあって、それまでの私の他愛もない日常を認めてもらったような感じがして、すごく力をもらったんですよね。気づいたら涙が流れていて。今考えると、とても励まされた感じがしたんでしょうね。

ペンを持つということ

そのコラムの下に学長のメールアドレスがあったので、すぐメッセージを送ったんです。そしたら、すぐに返信が届きました。偶然にも学長は久留米出身だったんです。ちょうどお母さん大学の立ち上げの時で学長から「参加してみない?」と言われて、ライターでもなくブログをやっていたわけでもなかったんですけど、入学したんです。ペンを持って、記事を書くというより、ただ自分の感じたことを書いてごらんと言われて書いた記事を発信しました。そしたら、全国のいろんな世代のお母さんから返事が来て、共感してもらったり、励まされたり。ただペンを動かすだけで、自分は一人じゃないんだなって感じることができたんです。

自分の幅が広がっていく

自分でペンを持つと、子どもの見方も変わっていくんですよね。イライラしていても、「これってこういうことを思っていたのかな?」って振り返りができて、イライラしたまんまで終わらないとか。子どもが泣き止まなくて、一緒に泣いちゃうことはお母さんなら経験があると思うんですけど、普通に流れていく日常を書こうと思うことで、「これもいい経験になるのかな」「自分にとって大事なことだ」って思えて、今まで逃げたいばかりだった子育てが実はめっちゃ面白いと気づかせてもらい、自分の幅が広がってきたようにも感じました。

「お母さんはスゴイ!を伝えたい」

――池田さんは編集長として「お母さん業界新聞」のちっご版を創刊されていたそうですね。

地元のお母さんの声を伝えたい、地域の顔の見えるつながりを作りたいと思って2015年3月に編集長として「お母さん業界新聞ちっご版」(1万部)を創刊し6年半発行しました。

――お母さん大学には百万母力プロジェクトというものもあるそうですね。

お母さんが笑顔になるプロジェクトの総称です。産前・産後うつを経験したお母さん大学生と今現在うつで悩んでいるお母さんたちが交流する「産前・産後うつプロジェクト」や、子育てを手書きで綴ったレポートを新聞とともに配る「お母さん業界新聞わたし版」、いつでも相談に来てというのはなんとなく敷居が高い感じになるから、新聞を折る作業として集まって折りながらたわいもないおしゃべりをしてスッキリしたり、地域の人と出会い繋がる「折々おしゃべり会」など、プロジェクトが今12ほどあります。

親子の居場所づくりに

――2020年に、当時久留米支局としてここ「松葉荘」に入居されたそうですが、なぜこちらを選ばれたのですか?

大家さんである井上美恵子さんと出会って、古いアパートを木のぬくもりのある、みんなが集える場にリノベーションしたいという思いに共感したんです。ちょうどコロナ禍で、行き場のない親子の憩いの場にもなるんじゃないかって。リノベーションのお手伝いもしました。子どもたちが自由に書ける黒板を備えつけたり、低い本棚を作ったりして、2020年10月に入居しました。ここでは「折々おしゃべり会」もできますし、毎週火曜日はオープンデイとして講座を開催したりして、お母さんや子どもたち地域の人たちが集える拠点ができたと思っています。

――今年2022年1月から新体制となって福岡支局の代表となられたそうですね。

新聞は全国統合になりました。支局メンバーは今30名くらいです。筑後地区だけでなく、福岡支局といっても九州はここだけなので、鹿児島や山口のお母さんに新聞を配ったりもしています。

子育てはネタの宝庫

――最近、お母さん大学の学生さんから直接お話しを聞かれたそうですね。

お母さんたちの記事ってドタバタがリアルに感じとれるから面白くって、笑っちゃうこともあるし、「うん、うん、わかる、わかる」ってこともあるし、ホントにネタの宝庫なんです。

最近、お母さん大学生に入学したお母さんの話では、今までご飯の時間がストレスでしかなかったそうです。子どもたちが常にわちゃわちゃして、こぼすし、散らかすし、食べているようで食べてなかったりで、本当にストレスでしかなかった。それがペンを持つようになるとご飯の時間を観察するようになって、こぼしてもそれがネタになると冷静に見れるようになって、ご飯の時間が楽しくなったと話してくれました。

子どもたちはお母さんが見てくれているから安心するのか、この間は牛乳をこぼしたら逆に「お母さん撮って!」と言われ、最終的には子たちたちが後片付けまでしてくれたそうです。そんな小さなことでも、一つ一つを文字にすることで宝物になっていくんです。

お母さん大学生の中には、障害のお子さんを持つお母さん、シングルのお母さん、双子ちゃんのお母さん、お父さん記者などもいらっしゃって、みなさんの記事を読むと私がちっぽけなことで悩んでいたんだと気付かされます。

全国で13万部発行 

――「お母さん業界新聞」は長い歴史があるそうですがどのように作っているのですか?

前身は1998年に創刊した「トランタン新聞」で、「お母さん業界新聞」は2008年に創刊されました。主に全国のお母さんが書いた記事から選りすぐりのものを掲載しています。

毎月オンラインで開かれる「お母さん業界新聞編集会議」は誰でも参加できて、企画会議は全国支部のコアメンバー7人くらいで毎週2回朝8時30分から2時間会議をしています。コアの支局メンバーで特集を考えたり、取材したりして、各支局みんなでページの取り合いです(笑)。

――ウェブサイトで配信されている記事を紙で残すというのは、どのような役割があるのですか?

お母さんたちに手配りしているので、繋がるツールの一つなんです。大学生が地元のお母さんに配ったり、私たちも出会ったお母さんたちに配ると家でお父さんも読んでくれたりするし、幼稚園、保育園にも協力いただいて、まだ知らない人たちに「孤立した子育てをなくす」という取り組みを知ってもらい広めていくために使っています。

――最後に池田さんの今後の夢を教えてください。

今、子育てしていること自体が価値なんだよって伝えたくて。子育て中って追われてばかりで、ふっと自分に価値がないように思える時があるんです。お母さんが評価される時って、なかなかないじゃないですか。だけど何か書く、そして発信することで、仲間から声が届く、そうすると自分の価値が変わってくるんですよね。それがお母さん大学の役割だと思っています。「お母さんはスゴイ!」を伝えるために、今の一番の夢は九州中のお母さんに「お母さん業界新聞」を届けること。まず今年はメンバーがいる佐賀に広げていけたらいいなと思っています。

お母さん大学 URL: https://www.okaasan.net/okaasan-daigaku/
学長:藤本裕子さん
1956年福岡県久留米市出身、神奈川県横浜市在住。全日空客室乗務員として勤務後結婚、出産。子育てをしながら慶應義塾大学経済学部を卒業。1989年『トランタン新聞』創刊。1995年トランタンネットワーク新聞社(現・株式会社お母さん業界新聞社)設立。2008年「お母さん大学」開校と同時に、全国500人のお母さん記者と一緒に『お母さん業界新聞』(13万部)を制作・発行。三姉妹の母で4人の孫。

編集後記

「お母さんになったはいいけど、お母さんとしての本当の面白さやうまみみたいものを感じられていない人が多いんじゃないかなっと思って、新聞を配り始めたんですよ」という池田さん。池田さん自身も弧育てを体験したからこそ湧きでる、心に残るお話しばかりでした。取材を終えて外に出るとアパート「松葉荘」から漏れ聞こえるお母さんたちの笑い声。「お母さん大学」を通して確実にお母さんの笑顔がつながっているんだと感じる時間でした。

■お母さん大学福岡支局
代表:池田彩 〒839-0861 福岡県久留米市合川町2088 松葉荘201
okaasankyusyu@gmail.com

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