医学的に女性の妊娠・出産適齢期は、25歳から35歳といわれます。しかし、「もう少し仕事を頑張った後で」「たぶん赤ちゃんはすぐにできるから」……と、30代に入っても計画やアクションを先延ばしにしているカップルは多いのではないでしょうか?
「授かりもの」という素敵な言葉がありますが、妊娠は若いほど有利で、年齢を重ねるほど授かれるものが授かれなくなってしまう可能性が高まります。不妊症です。
不妊治療を行う夫婦は5.5組に1組、日本の出生児の約6%が体外受精などの生殖補助医療により生まれている今、不妊症は案外身近な疾患のひとつといえそうです。
国からも不妊治療と仕事を両立するための支援策などが活発に打ち出されています。30歳になったら、ちょっとだけ立ち止まって考えてみませんか? 子どもを産むことと、自分のカラダについて。今回もJISART(日本生殖補助医療標準化機関)の理事長も務める蔵本ウイメンズクリニックの蔵本院長にいろいろなお話をお聞きします。
■Profile
医療法人 蔵本ウイメンズクリニック
蔵本 武志(くらもと・たけし)院長
1979年 久留米大学医学部卒業、同年山口大学医学部産科婦人科学教室入局
1985年 山口大学大学院修了、山口県立中央病院産婦人科副部長
1988年 済生会下関総合病院産婦人科部長
1990年 オーストラリアPIVETメディカルセンターへ体外受精を中心とした不妊治療研修のために留学。その他、世界各国の体外受精センター15施設を見学し、研修を受ける。
1995年 医療法人 蔵本ウイメンズクリニック開院
医学博士、日本産科婦人科学会専門医、日本生殖医学会認定生殖医療専門医、生殖医療指導医、母体保護法指定医、日本生殖医学会代議員、日本受精着床学会理事、日本不妊カウンセリング学会評議員、アメリカ、ヨーロッパ生殖医学会(ASRM、ESHRE)会員、JISART(日本生殖補助医療標準化機関)理事長、日本IVF学会常務理事、日本生殖医療支援システム研究会副理事長、福岡生殖医学懇話会代表世話人。これまでに約1万7,000人の妊娠に成功(2020年11月末現在)。
結婚前からできる妊活はありますか?
― 最近、生理休暇など生理との向き合い方をテーマにした議論が女性の間だけではなく、会社や社会全体で活発になっています。いうまでもなく生理は、子どもを産むためのカラダのしくみとして大切なものですが、現代女性とそれ以前の女性で、何か違いはあるのでしょうか?
蔵本:現代女性は、明治の女性と比べてみますと、閉経年齢が51歳とほとんど変わらないものの、初経年齢は12歳(小学校6年生)頃とどんどん早くなり、月経のある期間が長くなっています。
また、昔の女性は何人も出産しており、妊娠中や授乳中は多くは排卵が止まるため、生涯の月経回数も現代女性の方が多くなっています。排卵はある種の炎症反応でもあるといえます。排卵回数が格段に多くなった現代女性は、排卵回数が増えることによる子宮内膜症などの罹患率が増えてくることが考えられます。
― 排卵の多さは、妊娠しにくさともつながるのですか?
そうではありませんが、子宮内膜症が重症化すると卵管癒着などにより不妊症になる場合があります。
月経がほぼ定期的にあれば良いですが、不順な場合は排卵障害の可能性があり、可能ならば婦人体温計を用いて基礎体温をつけてみてください。
月経中からの低温相と、その後に続く高温相が10日以上あれば、一応排卵している可能性は大きいと考えます。低温相と高温相の平均温度差が0.3℃以上あれば良いです。
子宮や卵巣の病気と不妊との関係
―子宮筋腫などの子宮や卵巣の病気は、不妊にどのように関わってきますか?
蔵本:子宮筋腫は、子宮筋層内にできる良性腫瘍です。稀な病気ではなく、30歳以降の女性の3人に1人に見られます。
子宮筋腫があるからといって不妊症になるわけではありませんが、子宮内膣に向けてできた粘膜下筋腫や、大きな子宮筋腫では不妊症や流産の原因になることがあります。
卵巣の病気では、「卵巣腫瘍」があります。「卵巣腫瘍」を摘出すると、残った卵子の数が減ったり、術後卵管が癒着したりすることがあり、そうなると排卵時に卵管采(卵管の端にあるロート状の部分)への卵子の取り込みができなくなり、不妊の原因となります。
特に卵巣内にできた子宮内膜症を「チョコレート嚢胞」と呼んでいますが、卵巣周囲と癒着しやすく、チョコレート嚢胞を手術すると、残った卵巣内の卵子数が激減することがあり、チョコレート嚢胞の手術を行う際は、卵巣予備機能を保つために慎重な手術が必要となります。
―クリニックで「ブライダルチェック」という検査を受けられるそうですが、どんな検査をするのですか? 費用はどのくらいかかりますか?
蔵本:「ブライダルチェック」とは、結婚される前に将来の不妊症となるような原因がないかを男女ともに調べる検査です。
まず女性の検査をご紹介します。
1)血中ホルモン検査
抗ミュラー管ホルモン(AMH)
卵巣内に卵子数が多いか少ないかという卵巣予備能を知る検査です。
月経周期に合わせて必要なホルモンがきちんと分泌されているかどうかを調べる検査も行います。調べるホルモンは、月経初期にLH(黄体化ホルモン)やFSH(卵胞刺激ホルモン)、プロラクチン(乳汁分泌ホルモン)などです。甲状腺機能の異常も不妊や不育症の原因になるため、TSH(甲状腺刺激帆ホルモン)、フリーT4(甲状腺ホルモン)も採取して調べます。
2)経膣超音波検査
卵胞が発育して、排卵するかどうかのチェックや子宮筋腫、卵巣腫瘍の有無などが調べられます。
3)子宮卵管造影検査(HSG)
月経終了から排卵前に行う検査で、子宮奇形の有無と卵管疎通性の有無を調べます。
4)性感染症検査
クラミジア抗原検査(クラミジア感染症があると、卵管性不妊の原因になります)
血液検査(希望があれば、梅毒、HIVなどをチェック)
5)その他
子宮頸がん細胞診、風疹抗体検査(採血)等を行います。
男性側の検査は―
精液検査があります。精子数が少なく、運動率が不良だと男性不妊(受精しづらい)となる可能性があります。ただし、1回目の精液検査で異常があっても、数値は変動が大きいため、時期を変えて再度検査します。
ブライダルチェックはまだ不妊でない方を対象としますので、自由診療になります。当院での検査料金は全て含めておおよそ55,000円です。
日本は、不妊治療大国!?
― 不妊治療を行う夫婦は、今、どのくらいの割合でいらっしゃるのでしょうか?
蔵本:現在、不妊治療を行う夫婦は、5.5組に1組です。晩婚化に伴って、不妊症の頻度はさらに増加してくるものと思われます。
― 妊娠を先送りにするカップルは少なくありませんし、多くの方たちに、その気になったら、赤ちゃんはすぐにできるという思いもあるのではないでしょうか?
蔵本:他の生物に比べても、思いのほかヒトの妊娠率は低いのです。健康な20代のカップルが排卵日近くにセックスしても、1回あたりの妊娠率は約20%です。しかも、女性の年齢が高くなればなるほど妊娠しにくくなりますから。
― 不妊治療は、どのタイミングで考えたらいいのでしょうか?
蔵本:妊活をスタートして1年以上、妊娠しない場合は不妊治療を考えるタイミングです。35歳以上の方は、結婚後半年を目安に受診することをおすすめします。
― 不妊治療に対して、まだ敷居の高さを感じる人も多いと思いますが、蔵本ウイメンズクリニックでは、初診の日はどのような流れになるのでしょうか?
蔵本:当院では、事前にWebで問診票を入力していただいていいます。当日の問診表記入が省略できます。当日の問診票記入も可能です。
当日は、保険証や、紹介をされた方は紹介状等の確認を行い、カルテ作成後、Web問診で入力いただいた内容をもとに、看護師から患者さまの聞き取りや当院での治療について説明を行います。しっかり説明した後に医師の診察、必要な検査、治療計画の説明をするという流れになります。
― 検査による診査・診断結果は当日に分かるのですね。
蔵本:当日分かる検査は当日に説明しますが、結果が数日かかるものに関しては、後日来院時に説明します。治療計画としては、特に異常がない場合は、一般的にはタイミング法を数回行い、それでも妊娠しない場合は、人工受精を数回、さらにそれでも妊娠しない場合は、生殖補助医療(体外受精)または顕微授精のステップに進みます。ちなみに当クリニックは、高度生殖医療が中心になっており、人工授精からの治療をしていますのでタイミング法は行っておりません。
また、異常があった場合は、その治療が優先されます。
具体的には―
排卵障害:排卵誘発剤を投与し、排卵させる。
卵管閉塞:卵管鏡下卵管形成術または体外受精
男性不妊:人工授精の後、体外受精または顕微授精、重症男性不妊に対しては顕微
授精、無精子症に対しては、検査後精子採取が可能と思われる方には精
巣精子採取後に顕微授精。
子宮内内膜症:通常不妊治療を優先します。内膜症治療として、腹空鏡手術(手術
に関しては、手術可能な施設に紹介します)や薬物治療があります。
― クリニック選びのポイントを教えてください。
蔵本:チェックポイントとしては、7つほどあると思います。
「根拠に基づいた医療を行っている」「治療の見通しや目安をきちんと示してくれる」「治療実績がよく、オープンにしている」「スタッフと施設が充実している」「相談しやすい雰囲気がある」「品質管理や安全管理の意識が高い」「プライバシーを守ってくれる」などでしょうか。
経済的負担軽減に向けた支援策が拡充
事実婚も対象に!
― 2021年1月より体外受精、顕微授精など(特定不妊治療)の助成制度が拡充されています。
蔵本:体外受精、顕微授精などは現在も保険外治療なのですが、体外受精、顕微授精や男性不妊の精巣または精巣上体からの精子採取術については「特定不妊治療費助成制度」が適用されています。これまで所得制限と年齢制限がありましたが、拡充後は、所得制限が撤廃されました。(表A参照)。また、婚姻関係のある夫婦だけでなく、事実婚も対象となったのが大きな変化です。
― 不妊治療を保険適用にしようという国の動きもあります。
蔵本:詳細はまだ検討段階にあります。我が国の不妊治療の現場では、40歳以上の高齢患者が半数近くを占めており、お一人ひとりに対応したきめ細かなオーダーメイドの医療が実施されています。不妊に悩む患者さまの経済的負担をできるだけ軽減しつつ、現在の医療の質が維持できる制度設計を構築していただくことを強く希望しています。
(表A)不妊に悩む方への特定不妊治療支援事業の拡大について
― 最後に読者に向けて、メッセージをいただけますか?
蔵本:日本ではいまだに、結婚すれば子どもを産んで当たり前とする思想が根強く残っていて、不妊への理解が乏しいと感じています。
それは、疾患としての不妊症への理解の低さにつながっています、不妊症であることに気づかないために、治療の時期を逃し、妊娠する時期が遅れることで結果的に親になる機会を失っているカップルがたくさんいらっしゃるのです。女性の年齢が高くなると卵子数の減少とともに卵質が低下してきて妊娠、出産しづらくなります。妊娠、出産を先送りにせずいつ頃子供を持つのか、何歳までに子供は何人持つのか早めに家族計画を立てられることが、後悔しない人生を送る一つの方法だと思います。
インタビュアープロフィール
吉田 真理子
コピーライター
宮崎市出身。福岡高校、福岡教育大学卒業後、印刷会社に新卒入社。同社出版企画室で書籍・雑誌の校正業務に携わる。その後、出版社への転職を経て、コピーライター・編集ライターとして独立。現在に至る。趣味は、文章の間違い探しとダンス。
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