【飛翔対談】山本工作所・山本和男氏 | 常に新しい価値を創り出す

Go!Go!ワンク編集部

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2020年12月28日 (月)

*はじめに:本記事は、株式会社NCBリサーチ&コンサルティングが発行する経営情報誌「飛翔」2018年4月号掲載の対談記事を、発行元の許諾のもと転載公開するものです。以下、本文の記載内容(肩書きや代表者名、商品・サービス名等)はインタビュー当時のものである旨、ご了承ください。

話し手

株式会社山本工作所
山本和男(やまもと・かずお)代表取締役社長

1972年、福岡県生まれ。South Seattle Community College卒業後、1998年1月、山本工作所に入社。営業本部、機工部を経て、2002年に取締役、2006年に代表取締役副社長に就任。2012年より現職。

株式会社山本工作所  代表取締役社長 山本和男

聞き手

株式会社NCBリサーチ&コンサルティング代表取締役社長
光冨彰

常に新しい価値を創り出す

西日本一のシェアを持つドラム缶事業を軸に環境保全に貢献する集塵機や輸送装置の設計を担うエンジニアリング事業、各請負事業など、多様な事業展開を進める山本工作所。創業から71年目を迎えさらなる新技術・新製品の開発を追求している。2015年には新たな活躍の場を求めてベトナムに進出した。2012年に代表に就任し6年目を迎えた山本社長にお話をうかがう。

ドラム缶業界概観

光富●御社の前身は戦後すぐの1946(昭和21)年に山本惣庸氏が創業された山本組ですね。社長のおじいさまに当たられるのですね。

山本●はい。もともと私の祖父は八幡製鐵所(現・新日鐵住金八幡製鉄所)の社員でした。戦争が始まる前は、中国に行っていたそうです。
終戦後、水や燃料を運ぶ海運業を始めようとしたのですが、当然、燃料がありません。そこで、昔なじみということで八幡製鐵所に燃料をもらいに行ったところ、「今からたくさんの人が大陸から引き揚げてくる。協力するからその人たちを受け入れる会社をつくりなさい」と言われ、山本組をつくって八幡製鐵所の構内作業からスタートしました。

光富●戦後、八幡製鐵所の雇用確保策に応じてスタートされたのですね。その後、昭和23年に株式会社山本工作所に組織変更され、翌年にはドラム缶専用工場をつくられています。

山本●そうですね。構内にスクラップ同然に放置されていた冷延薄板に目を付け、ドラム缶製造に乗り出したそうです。工場が完成した翌年の1950年に朝鮮戦争が始まり福岡は韓国に近いことから米軍の先端補給基地となりました。燃料用のドラム缶が大量に必要になり、米軍から28万本の注文を受けたのです。

光富●それは、いいタイミングでしたね。その後は高度経済成長の波に乗りドラム缶の需要は増え続けますね。そのような時代背景もあって順調に業績を伸ばされ、国内屈指のドラム缶メーカーになられています。現在、どれくらいのドラム缶がつくられているのですか。

山本●そうですね。だいたい今、日本全体で鉄板からつくるドラム缶が年に1400万本ぐらいで、当社がその1割弱の130万本ぐらいをつくっています。日本には鉄板からドラム缶をつくる会社は6社しかないんです。大手2社がそれぞれ約3割5分のシェアを持っていて、我々は1割弱、もう1社も1割弱、あと2社が5%ずつぐらいです。

光富●国内でのシェアは確立していて、業界全体としては成熟産業なのですね。

山本●それは間違いないと思います。日本全体でいうと、この10年、ほとんど変化はないようです。

光富●用途も以前と変わらないんですか。

山本●用途は変わっています。以前はガソリンや重油など原油を精製することによって生産される石油製品でしたが、いま我々が納めさせていただいている缶の9割が、石油や天然ガスを原料に化学反応を利用してつくる石油化学製品です。ポリウレタンなどの原液ですね。

対談する山本社長

光富●世界的に見ると、業界はどういうかたちなのですか。

山本●世界で1、2を争う巨大グループ、アメリカのグライフとドイツのマウザーという会社があります。この2社が日本と韓国以外のいろんな国に進出しています。 

光富●日本に来ていないのは何か理由があるんですか。

山本●日本のユーザーが求める品質の水準が非常に厳しくて、安くできないのが大きな理由でしょう。

光富●採算が合わないということでしょうか。

山本●ドラム缶ひとつの価格はどれくらいだと思われますか。今の平均単価が3500円ぐらいです。日本では工場をつくるのに、試算では30億から40億円かかります。これを償却するには、5、6年ではとうてい無理です。そういうことが新規参入の障害になっています。
もう1点は、200リットル1缶が20キロぐらいです。だいたい10トン車で運びますが、200本ぐらいしか積めません。ということは4トン。ですから空気を運ぶようなものなんです。そういうわけで地理的な問題も非常に大きいですね。だから、ありがたいことに中国から格安製品などが入ってきません。そのかわりに我々も遠くまで行けません(笑)。

光富●御社が勝負できるのはどのへんまでですか。

山本●山口県と広島県の境ぐらいまでです。そこから先は別のドラム缶メーカーがあります。

ドラム缶

省力化を図り、品質を追求

光富●1987年にこの工場に全面移転されました。ドラム缶の工場を見学させていただきましたが、一口にドラム缶といっても、大小さまざまで、使い方もいろいろですね。それに、ほとんどの作業がコンピュータ制御で流れていき、人の力が必要なのは、最後の目視での確認作業だけなのは驚きました。
御社はヘリウムテスターという気密検査装置を国内で最初に導入されたそうですね。どのようないきさつで導入されたのですか。

山本●1970年代にチューブレスタイヤが広がり始めますが、私どもは1976年に鉄鋼メーカーのトピー工業との共同出資により九州ホイール工業を設立しました。車の車輪や部品の製造・加工をする会社です。
当然チューブレスタイヤ用の部品も製造しますが、チューブレスはホイールとタイヤの気密性がこれまで以上に必要で、ホイールの気密検査にヘリウムリークテスターという装置を使っていたのです。これは、微小な漏れを正確かつスピーディーに検出する装置です。それをドラム缶の検査装置に転用したのがヘリウムテスターです。

光富●具体的にはどんな装置ですか。

山本●あらかじめヘリウムを入れプラグで密閉したドラム缶を、ステンレス製のチャンバーといわれる装置に挿入して密閉します。次に、チャンパー内の空気を抜き真空にするのです。これによりドラム缶に内圧が発生するため、ドラム缶にピンホールほどの穴があるとヘリウムは漏れます。漏れ出したヘリウムの量を測り、測定値がその基準値以下であれば合格です。

光富●ヘリウムテスター以前は、どんな検査方法だったのですか。

山本●ドラム缶に内圧をかけ、石鹸水を接合部に塗布して気泡の有無を目視で検査していました。この検査ではドラム缶の表面全体を検査できませんし、人間による検査なので見逃しがありました。ヘリウムテスターはこうした課題を解消しました。

光富●隔世の感がありますね。ほかにも、塗料の侵入を防ぐために、ドラム缶の大小の口金(開閉のために取り付ける金属)の部分に円形のペーパーを自動で貼り付けて開口部をふさぐ装置もありました。あれは以前は手作業だったのではありませんか。

山本●そうです。以前は金属製の仮キャップを手ではめて外面塗装していました。しかし、何度も使ううちに硬化した塗料で表面がおおわれてしまい、手ではめた時にドラム缶の内側にかけらが落下することがあったのです。今の機械では、そういうトラブルは起こりません。

光富●省力化のみならず、内面品質の向上も可能にした新しい装置なのですね。
トラックに積み込む時も、ドラム缶に袋をかけたり、傷防止のために緩衝材で保護したりといろいろと工夫をされていますね。

山本●倉庫内の入出庫、トラックへの積み込み、輸送、お客様へのドラム缶への引き渡しは運送会社に外注していますが、最近では、お客様の外観に対する要求が厳しくなりました。

光富●工場を見学させていただくと、品質に対する要求レベルが高すぎて、海外メーカーが入ってこれない理由がよくわかります。

第3の柱・集塵機

光富●先ほどのお話からすると、業界の横のつながりは強いのでしょうね。

山本●だいたい顔見知りばかりです。ですから技術的な部分はかなりオープンにしてあります。お客様は当社以外からも購入されますし、規格品ですので、形が変わると困るのです。
数年前にドラム缶の鉄板を薄くしていこうという動きがありまして、その時にビードという円筒部にある2本の出っ張りの間隔も日本全体で規格を決めました。これは、側面からの加重に対する強度の向上を図るものですが、お客様のラベル貼りの時にひっかかったりしないように間隔を定めたわけです。もちろん各社とも特許を持っているのですが、そういう感じで、技術的にはオープンです。

光富●ドラム缶メーカーでは事業の多角化は進んでいるのでしょうか。

山本●私の知る限りでは、大手2社さんはほぼ専業です。
当社は構内作業からスタートしているので、これが第1の柱です。ドラム缶が第2の柱で、集塵機が第3の柱というかたちでやっています。

集塵機

光富●集塵機はいつごろから取り組んでいらっしゃるのですか。

山本●昭和40年に集塵機部門を発足しました。これはわかりやすく言えば、工場の掃除機みたいな感じで、ごみ焼却施設などでの焼却の際、煙突にかけて、ごみが飛び散らないようにする装置です。

光富●昭和40年といえば、日本で高度経済成長の最盛期「いざなぎ景気」が始まった年です。その一方、公害病が発生し、環境問題に目が向けられ始めるようになった年でもありますね。売り上げ比率はいかがですか。

山本●最近はドラム缶がだいたい6、7割で、集塵機部門が1割強から2割いかないぐらいです。

光富●ほかにも貯蔵槽や輸送装置なども扱っておられますが、これらは御社で製造されているのですか。

山本●いいえ。我々が抱えている人員は設計要員とスーパーバイザーで、製作はほぼすべて外注です。

本社・工場

ハノイに進出

光富●2015年にハノイに駐在員事務所を開設なさいました。

山本●ベトナムのハノイに事務所を構え、ベトナムを拠点にアセアン全体でどのくらいの仕事量があるかを今調査している状況です。

光富●ベトナムでは特に都市部や工業地域での大気環境が悪化していて、粉塵公害は拡大の一途を辿っているそうですね。特にハノイ市とホーチミン市における大気中の粉塵濃度は、世界で最も高いレベルに達していると聞きました。今後、集塵機の需要は高まりますね。

山本●そうですね。環境問題に対してアジア全体で非常に厳しく規制されていますので、問題解決用の製品は、これから増えてくると考えています。

光富●ベトナムで製造されるのでしょうか。

山本●はい。設計は国内で行い、現地で製造して販売します。技術力のある会社と協力してやっていこうと考えています。

光富●それは楽しみですね。一方、主力のドラム缶は、先ほどのお話からすると、海外に進出する必要もないですね。

山本●進出できないというのが正しいかと思います(笑)。こちらから完成品を持っていくことはまずありえませんから、向こうに拠点をつくるしかないんですが、我々にはそういうネットワークはありません。
これからベトナムに大きな製油所をつくる予定の企業に「ドラム缶は必要ありませんか」とうかがうんですが、「まだいらないかなあ」と言われます(笑)。油系はこういう小さな容器は使わず、タンクローリーや1トンコンテナなどの大きな容器で運びます。ドラム缶を使うのは、もう少し特化した化学製品、ベンゼンとかプロピレンなどです。

光富●海外進出は今のところベトナムだけですか。

山本●はい。ベトナムの前に中国という時代がありましたけど、私はどうも積極的になれなかったんです。

光富●ベトナムに決められたのはなぜでしょうか。

山本●今から10年前の2008年2月、福岡県とベトナムの首都ハノイ市が友好提携(姉妹都市)を締結しました。これを契機に、同年9月に「九州ベトナム友好協会」が発足し、その翌年の2009年には北九州市とベトナム第3の都市ハイフォン市が友好・交流協定を結びました。その時に民間でも友好団体をという話になり、2009年8月に北九州ベトナム協会が設立されたのです。
初代会長がTOTOの木瀬照雄前会長で、私も親しくさせていただいていた関係で会員になったのですが、いきなり副代表にと言われて面食らいました(笑)。ベトナムとの関係が始まったのはそれからです。
何度か現地視察に行っているうちに、さまざまな環境問題があるということで、当社のエンジニアリング事業の担当者を連れていったりもしました。
北九州ベトナム協会で、九州工業大学の修士課程で学んでいたベトナム人と仲よくなり、修了後に当社の社員になってもらいました。現在は家庭の事情でベトナムに帰ってしまいましたが、今でも我々の仕事を助けてくれています。

光富●今は、どの業種でも人材の確保が難しいですが、御社の工場はほとんどがコンピュータ制御になっていますので、特に人手が不足しているということはありませんか。

山本●やっぱり人は足りません。どちらかというと、現場で働く人が集まりにくいですし、途中で辞めてしまうことも多いですね。
ドラム缶工場はそうでもないですけど、製鉄所などの構内作業が続かなくなりました。最初から3交代だということは言っているのですが、「やっぱりきつい」という理由で辞めていきます。

光富●外国人の技能実習生は受け入れておられないのですか。

山本●構内作業を請け負っている会社から、海外の技能実習生を入れていいとは言われていないのです。
先ほど申し上げた九州ホイール工業という会社はベトナムとインドネシアの実習生を入れています。ただ、我々としては3年というしばりが厳しいですね。

光富●そうですね。ようやく仕事を覚えたころですからね。

山本●はい。簡単な作業はほとんどコンピュータで行いますし、3年以内で習得できる職種ではなくなってしまいました。

社会貢献

光富●社長になられて今年で6年目ですね。一番ご苦労されたことは何でしょうか。

山本●特にないんですよ。会長になった先代社長がいろいろと口を出してくるというような話をよく聞きますが、そういうことが一切なくて……。会長は「お前が社長だからお前がやれ」と、最初から部長会にも出てきません。
それに、この5、6年、世の中が比較的安定していました。ですから、まだ苦労らしい苦労はしていないんです。いいことなのか悪いことなのか、わかりませんけど(笑)。

工場見学

光富●それがいちばんですよね。安定しているからこそ、小学生の工場見学受け入れや地域活動への参加などの社会貢献も積極的に行えるのでしょうね。小学生はドラム缶ができる過程を見ておもしろがるのではありませんか。

山本●小学校3年生ぐらいの生徒さんが、1年間に10~15校ほど来ています。社員の子どもさんが来たり、社会科見学に来た子が入社したりということもあります。

光富●それは楽しいですね。ものづくりのおもしろさや大切さに早い時期から気づいてもらえるといいですね。ところで、ご趣味は何でしょうか。

山本●私は気楽な独身なもので、夜、歩いて街に出て、お酒を飲むのが楽しいです。

光富●読書が趣味とうかがっていたのですが。

山本●対外的にはですね(笑)。でも実際、本は好きです。月に1回か2回ほど業界の理事会で東京出張に行くんですけど、だいたい毎月10冊ぐらい本を買って帰ってきますね。

光富●どういうジャンルがお好きですか。

山本●エッセーやハウツー本以外はなんでも読みます。だいたい小説が多いです。

光富●ベトナムでの事業が成功することを願っております。本日は貴重な時間を頂戴し、ありがとうございました。

会社概要

名称:株式会社山本工作所 (https://www.k-yamako.co.jp/

創業:昭和21年5月(1946年)

本社:福岡県北九州市八幡東区大字枝光1950-10


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