*はじめに:本記事は、株式会社NCBリサーチ&コンサルティングが発行する経営情報誌「飛翔」2017年11月号掲載の対談記事を、発行元の許諾のもと転載公開するものです。以下、本文の記載内容(肩書きや代表者名、商品・サービス名等)はインタビュー当時のものである旨、ご了承ください。
話し手
株式会社テノ.ホールディングス
池内比呂子(いけうち・ひろこ)代表取締役社長
長崎県出身。約10年間の会社員生活を経て、1999年にドゥイットを設立。2002年グレース福岡に組織変更、2005年テノ.コーポレーションに社名変更。2015年、持株会社テノ.ホールディングス設立。2016年テノ.サポート設立。趣味はゴルフ。
聞き手
株式会社NCBリサーチ&コンサルティング代表取締役社長
光冨彰
手のぬくもりまで伝えたい
資本金300万円の有限会社から出発し20年弱で年商70億円へと急成長を遂げたテノ.コーポレーション。女性が育児・家事・介護をしてもなお働き続けるためには何をすべきかとの発想から事業を展開、事業そのものを通して社会貢献を続ける。創業社長である池内氏に成長の理由、保育への思いなどを伺う。
保育事業を始めた理由
光富●まず、社名の由来からお聞かせください。
池内●社名の「テノ.」は手のひらの意味で、「手のぬくもりまで提供する会社」という私たちの思いを込めています。最初は違う社名だったのですが、自分たちの思いを表す社名がいいと、2005年に「テノ.」にしました。
光富●何の会社ですかと聞かれませんか。
池内●聞かれます。特にIT関係だと思われるようです。
光富●業歴も20年近くになられますが、創業のいきさつを教えてください。
池内●OLを10年ぐらい経験し、その後、お弁当屋さんを開きました。OL時代は会社の中の一部の仕事だけをしていたのですが、お弁当屋さんでは、ネーミング、単価、内容、お弁当箱などなど、すべてに関わります。それが楽しくて……。1個380円ぐらいだったんですけれど、自分たちが作ったものの対価をいただくことに感動しました。
それで、やりたいことをやれる会社を作って社長になろうと思ったのです。創業するにあたり、いろいろリサーチをした結果、この事業に決めました。1999年のことで、介護保険制度のスタートの年です。
光富●この事業に決められた理由は何ですか。
池内●当時の保育業界は全国トップの売上でも1億円ぐらいでした。これだったら当社も上までいけるかもしれないと思ったのです。当社の事業の柱は育児・家事・介護の3本なのですが、9割以上の力を保育に当てています。
私は完全な素人でしたから、あまりお金を借りなくてもできる事業を選びました。この事業は、巨額の初期投資が必要なわけではなく、売上が発生しないとコストも発生しません。当初、ランニングコストは月50万円ぐらいでした。リスクが小さいことも、この仕事に決めた理由でした。
有限会社の作り方の本を見て、自分で法務局で手続きし、資本金300万円でスタートしたのです。
光富●今では売上はもう70億円近いそうですね。業界でも大手でしょう。
池内●今、最大手は200億円ぐらいです。つまり、20年で市場規模が200倍になっているということですね。このところ、少子高齢化、女性の社会進出、グローバル化が、時代のキーワードです。その追い風で会社が大きくなったのだと思います。私は女性なので、女性の立場がよくわかるという部分では、この事業は自分に合っていると思っています。
光富●これまで順調に成長されてきましたが、御社の一番の強みは何だとお考えですか。
池内●保育事業は信頼と実績が大切です。信頼は実績を積むことで生まれてきます。当社は、業界の市場規模が小さいころから実績を積み上げてきました。
また、私は素人でしたので、お客様の声をとても大切にしてきました。たとえば、お電話でのベビーシッターの問い合わせでは、料金もあるんですけど、もう一方で、どういう人を派遣してもらえるんですかと尋ねられます。お母様方は、料金ばかりではなく、ご自分の子どもを託す人の人柄や技術、経験などを重視されていることに気づきました。そこで学校を作り、17年間ベビーシッターや保育士の養成をしています。
もう一つは、アライアンスです。まだ当社の売上が1億円ぐらいの時に、地元の大手企業と組んで保育所を開園しました。その中で多くのことを学びました。特にリスク管理に関することで、閉園するまでの事業計画や、何かあった時の対処法などの問題です。そういう課題をたくさん与えられ、それを一つひとつクリアしていくことで会社が育ってきました。それに、大手企業との連携はブランドにもなります。これらの相乗効果で伸びてきたのだと思っています。
光富●確かに小さな会社では、リスク管理の構築まではなかなか難しいです。それにしても、最初に閉園時のことまで考えるというのは驚きますね。
池内●そうですね。開園は簡単ですが、閉園は子どもたちを預かっているから難しいのです。そういうことを学び、学んだことを当社のマニュアルに反映したことで強くなったのでしょう。多くの出会いの中で学ばせていただき、会社が大きくなったという感じです。
拡大する保育業界
光富●今は東京と沖縄にも進出されています。両県は待機児童数の1番目と2番目です。先に沖縄に保育所を開園されたのはなぜですか。
池内●東京の方が待機児童数は多いので、東京に進出しようと考えていました。そんな時に当社のお客様が那覇に進出されることになり、保育園のご相談いただいたのです。沖縄を調べたところ、待機児童数がすごく多いのです。それで、沖縄を先にしたという経緯があります。
光富●今は東京が一番大きなマーケットなのでしょうね。今後も広がりそうな感じですか。
池内●はい。来年の4月には50カ所ぐらいオープンします。
光富●それは事業所からの要請があって開園されるのですか。
池内●受託事業も当社の直営も両方あります。
光富●開園には人を確保しなければなりませんが、どうされているんでしょうか。
池内●それは本当に大変です。人材確保には、当社に限らず、どこも頭を痛めています。そんな中でも、当社は自社で保育士を養成していますし、保育士さんのネットワークもあり、紹介していただくことも多いです。
光富●50カ所は一気に開園されるんですか。
池内●はい。そうです。
光富●それはすごいです。社長も東京に常駐しないと厳しいですよね。
池内●いえ、受託事業が多いので、福岡、九州にいることのほうが多いです。
光富●九州では毎年どれくらい開園されているのでしょうか。
池内●20~30です。
光富●増える一方ですね。
池内●そうですね。保育所の数が女性の社会進出に追いついていないんです。だから保育所を作っていかざるをえない状況です。
ただ今度は、そこに人が足りないという問題が出てきます。「保育の質」はすごく重要です。保育所で子どもの保育を行うのは、全員、国家資格を持った保育士ですが、それではもう回らない状況にきています。資格がない人をどう教育して活用できるかということを考えないと、この大変な状況を抜け出せません。
光富●規制緩和は進んでいないのでしょうか。
池内●ゆっくりですが、進んではいます。ただ、既得権の問題などがありますから、すぐに改革するのは難しいですね。
光富●しかし困るのは目に見えていますよね。
池内●そうです。それは国もよく理解されています。なんとか少しずつ進めようという思いは持っておられると思っています。
光富●保育所は厚生労働省の管轄になるんですか。
池内●はい。幼稚園は文部科学省です。幼稚園は教育ですが、保育園は、親が働いていたり、病気だったりという理由で、十分に保育を受けられない子どもを預かるところです。
光富●どちらかというと福祉なんですね。
池内●そうです。だからお母さんの立場に近いです。でも今は、それだけでは満足してもらえず、そこで子どもたちがどう育つかというところまで求められています。
全社員の熱い思い
光富●御社の経営計画は3年ですね。計画より上にいっているのではありませんか。
池内●いいえ、ほぼ計画通りで、少しいいだけです。だいたい120%ぐらいの成長です。
ただ、社員は大変です。大手企業だと、120%の成長を目標にするのだったら120%の社員を入れますけれど、中小企業は目標が120%でも増員しません。それなのに徐々に業績が上がり最終的には120%になるので、みんなハアハア言っています。その繰り返しなので、大変です。
ある日の朝礼で、こんな話が出ました。沖縄北部のベビーシッターについて問い合わせの電話があったそうです。しかし、当社の事務所は沖縄南部です。そこで、電話を受けた者が北部にある会社をいろいろと紹介しているんです。それを見て、みんな子育てに対して熱い思いがあるから一生懸命やれるんだなと思ったというのです。そういう思いがあるから、がんばれるんじゃないかなという気がします。
光富●社員一人ひとりが社会の役に立っているという自負があるのですね。
池内●そうですね。ただ、生産性という点のみで考えると、問題はありますけれどね。でも、そこが当社の良さなのかもしれないと思うんです。
光富●どうにかしてあげたいという純粋な思いだけなんでしょうね。
池内●そうですね。そういう思いが蓄積されていく会社なのかもしれないですね。
光富●今、社員さんは何名ぐらいですか。
池内●事務所勤務が60~70名で、現場は2,000名ぐらいです。
光富●2,000名をマネジメントするのは大変ですね。
池内●東京は東京本部で、ほかにもブロックごとにサポート部署がありますので、そこでしっかりと行っています。
光富●社長が2,000名に会われることはありますか。
池内●ないですね。会社が大きくなるのはありがたいですが、現場の保育士さんたちに気持ちが伝わらないことが一番のリスクかなと感じています。
ただ、園長たちは年に1回全員で1泊研修を行っています。ほかにも、それぞれの部署ごとに研修をしますが、2,000名全員が一堂に会することはないですね。
光富●部署ごとの研修には参加されるのですか。
池内●はい、参加します。また、開園の時は必ず私も行き、2時間ほど研修もします。会社の方向性や、保育園への思い、私たちがめざすものなどを最初に話します。
事務所勤務の社員には最初に現場を見てもらいます。子どもたちや保育士さんたちがどれだけ一生懸命かをしっかり理解して仕事をしていくことが、すごく重要です。
運動会や学芸会の時は保育士さんたちが子どもたちに踊りを教えます。しかし運動会の本番では、子どもたち以上に保育士さんが真剣に踊っているんです。それを見て、ご両親やおじいさん、おばあさん、ご家族みんなが感動して、ビデオを撮影されています。あの姿を見ると「ああ、いい仕事をしているな」と、私はいつも思うんです。
保育士さんたちがその時にやりがいを感じるのは当然でしょうが、事務所勤務の社員も「こんなシーンを作っている会社ってすごいな」という思いで見ているようです。
光富●温かくて、いい会社ですね。
誇りと自信を持てる仕事を
光富●福岡は女性の創業社長が非常に少ないのです。成功のコツを教えていただけますか。
池内●最近の若い女性たちはよく勉強されていますし、国や自治体のサポートも厚く、育成に力を入れています。だけど、行動が伴っていないように感じます。走りながら考えるくらいでいいのではないでしょうか。
私は、いい事業に当たったことが大きいのかもしれないです。この事業に誇りを持っており、会社が大きくなればなるほど社会に役立っているという確信があります。だから走れるのです。自信のあるものを売ることが、会社を成長させると思います。
光富●やりがいや信念なのでしょうね。
池内●女性は、お金よりも社会の役に立つことを重視する人が多いかもしれませんね。
100年企業の夢
光富●2015年に持株会社を作られましたが、それはなぜですか。
池内●事業が拡大してきているので、専門性を高めるために業務内容によって2つに分けました。公的保育事業と、受託保育・派遣事業です。今は2社とも私が代表を務めていますが、将来はそれぞれに社長がいて、みんなが自律的にがんばっていける仕組みを作りたいと思っています。
光富●今後の展開についてお尋ねします。今とは違う事業分野などもお考えですか。
池内●当社は、女性が育児・家事・介護をしながら働き続けることをコンセプトにしていますので、その枠の中でビジネス展開をしていこうと思っています。
今は待機児童解消が私たちのミッションですので、それに注力することが一番です。ただ、女性を応援するという一方で、子どもたちを1万人近く預かっているのですから、将来を担う子どもたちをどうやって育てていくかという、教育の部分を考えていかないといけません。
また、当社はいい事業を持っていると思うのですが、ブラッシュアップできないまま走り続けている面もあります。ベビーシッターやハウスサービスなどを、もう少し強化していきたいという思いを持っています。
いずれにしても、直営の保育所の価値をげるるビジネスを拡大しようと考えています。
光富●社長の今の夢は何ですか。
池内●100年企業を作りたいという大きな夢を持っています。最初に会社を立ち上げた時は、売り上げが5億ぐらいの事業計画を作りました。それ以上大きくなるとは思っていなかったんです。
だけど、5億を超えた時に、次にバトンタッチするには、それなりの会社を作っておかないといけないと考えました。今後、事業の中身は変わっていくかもしれません。ただ、必要とされる会社であり続けることを当社のミッションとしているので、その思いだけは、ずっと引き継がれていく会社でありたいと考えています。
人が宝
光富●御社は事業活動として利益を得ながら、同時に社会問題を解決できる会社なのですね。
池内●どの企業も社会の一員として社会貢献事業を行っていると思いますが、それを直接感じられる事業であることは確かです。
社会貢献と収益のバランスがとれるように事業を続けていくことは、すごく重要だと思っています。
光富●継続して利益を上げないと、社会貢献もできませんからね。
光富●100年企業までは、あと80年あります。今は時代の変化が速いので大変なことが多いでしょうが、最大の課題は何だとお考えですか。
池内●やはり人でしょうね。
当社は人が宝です。どれだけみんなと一緒に走れるかということが大きいです。人を動かすのが一番大変ですね。
光富●経営資源は「人・もの・金」と言いますけど、やはり金より人ですよね。
池内●ただ一方で、そんなに走りたくないと思う時もあるんですよ。なぜかというと、マーケットが大きすぎて、いろんな新規参入がある中で、九州でトップを維持していくためには保育園を作らざるを得ないところもあるからです。
それに、これだけ保育園ができたら将来どうなるのかなとも思います。マーケットが大きくなることが、自分たちの首を絞めることにつながるのではないかという危機感を持っています。
光富●今は民間直営の保育所が多くなってきているんですか。
池内●国が株式会社の参入を認めているので、ある程度進んできてはいます。ただ、全く経験がなくて参入しているところも多いです。マーケットが大きくなるということは、そういうことなのです。
他社との違いも出していき、生き残れる保育事業を追求していきたいと思っています。
光富●最後に座右の銘をお聞かせください。
池内●「そだちはぐくむ」です。私はまだまだ育つぞと思っていますし、一方で、私が人に育ててもらったように、私も人を育んでいきたいと、いつも思っています。
光富●御社の存在意義は、これからますます高まるはずです。ご活躍を期待しております。
会社概要
名称:株式会社テノ.ホールディングス (https://www.teno.co.jp/ja/index.html)
創業:平成27年12月(2015年)
本社:福岡県福岡市博多区上呉服町10丁目10番 呉服町ビジネスセンター5F
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